大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

東京高等裁判所 昭和56年(行コ)87号 判決

控訴人 鈴木正幸

被控訴人 浦和税務署長

代理人 櫻井登美雄 佐藤恭一 ほか二名

主文

本件控訴を棄却する。

控訴費用は控訴人の負担とする。

事実

一  控訴人は「原判決を取り消す。控訴人の昭和五〇年分所得税について、被控訴人が昭和五一年一一月二五日になした更正処分を取り消す。訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。」との判決を求め、被控訴人は控訴棄却の判決を求めた。

二  当事者の主張は、次のとおり付加、訂正するほか、原判決事実摘示と同一であるから、これを引用する。

1  原判決二枚目裏二行目から次行にかけて「該当するとして、」とある次に「課税される所得金額一億二七〇一万一五六六円、」を、同五行目から次行にかけて「二五日、」とある次に「右課税される所得金額のうち分離課税による長期譲渡所得金額一億一九四七万九八七〇円に係る売買のうち」を、同七行目冒頭に「という。)」とある次に「の譲渡」を、同八行目に「三一条の二」とある次に「第一項」をそれぞれ加え、同九行目に「これを否認し、」とあるのを「その適用を否認し、」と、同一〇行目に「本税の額を四四九万五〇〇〇円と更正し(以下「本件更正処分」という。)、」とあるのを「本税の額として四四九万五〇〇〇円を増額する旨更正するとともに、」とそれぞれ訂正し、同三枚目表一行目に「本税」とあるのを「右本税」と訂正し、同四行目の「決定」の次に「(以下「本件更正処分という。)」を加え、同五行目に「右各処分」とあるのを「本件更正処分」と訂正し、同枚目裏九行目冒頭の「本件更正に係る」の前に「控訴人の確定申告及び本件更正に係る所得金額及び税額は別表記載のとおりである。そして、」を加え、同八枚目表二行目の「譲渡にさきだち」及び同三行目から四行目にかけての「宅地化した上譲渡されることとなり、」をいずれも削る。

2  (控訴人の主張の付加)

本件更正処分前において、課税庁は、農地の売買契約の買主と農地法五条一項三号の届出人たる譲受人とが異なつている場合であつても、売主に対し、措置法三一条の二第一項による軽減税率の適用を認める取扱いをしていた。現に被控訴人は昭和五一年二月二三日訴外渡辺三郎からなされた昭和五〇年分の所得税の確定申告について、また、訴外川越税務署長も昭和五一年三月一〇日訴外高橋勇作、同大沢兼吉からそれぞれなされた昭和五〇年分の所得税の確定申告について、いずれも同条項を適用する課税処理をした。かような当時の処理方法に反して、被控訴人が本件土地の売買について同条項を適用しなかつたのは、公平の原則に反するもので、この理由からも本件更正処分は違法である。

3  (被控訴人の反論)

被控訴人を含む課税庁において、譲渡契約当事者と農地転用届出当事者とが異なると認定したうえで、なお右特例の適用を認めたなどという事例は存しない。控訴人が主張するような事務処理状況は、譲渡契約当事者と農地転用届出当事者とが別異であるのに軽卒にも右特例の適用を受け得るものとしてなされた確定申告につき大量かつ回帰的に行われる納税申告を一定期間に処理せざるを得ない実情にある課税庁において、本来は右各当事者の異同を審査ないし調査し、事実を的確に把握したうえで当然に右特例の適用を否認し、更正処分等をなすべきであつたものが、右実情から、審査ないし調査が未了のままに更正処分の除斥期間が経過したためのものと考えられるのである。現に課税庁においては、譲渡契約当事者と農地転用届出当事者が別人格であると認定した事例については、いずれも特例の適用を否認し、更正しているものであるから、本件更正処分が不公平であるとの控訴人の主張は失当である。

三  証拠関係は、原審及び当審記録中の証拠に関する目録の記載を引用する。

理由

一  当裁判所も、控訴人の本訴請求を失当として棄却すべきものと判断するが、その理由は次に付加、訂正するほかは、原判決理由欄一、二記載のとおりであるから、これを引用する。

1  原判決九枚目裏六行目の「成立に争いのない」の前に「<証拠略>」を加える。

2  同一〇枚目表九行目の末尾に続けて「そして、<証拠略>によると、押野薫は控訴人と山本建設間の本件土地売買契約当時右会社の嘱託で、右売買契約にあたり、山本建設の代理人となつた者であり、松井繁は同会社の従業員であつたこと、右両名とも同会社から本件土地についての売買契約上の買主の地位を譲り受けたことはなく、農地転用の届出人(譲受人)となつたのは、専ら同会社によつて企図された都市計画法所定の制限を回避して本件土地等の開発、造成を進める(いわゆるミニ開発)ための便宜のためであつたこと及び控訴人は右事情を了知していたことが認められる。」を加える。

3  同一〇枚目表一〇行目から同一二枚目表五行目までを次のとおり訂正する。

「ところで、措置法三一条の二第一項は、同条項の要件に適合する農地等の譲渡について、長期譲渡所得税率二〇パーセントを昭和五〇年分の所得税については一五パーセントに軽減する趣旨の規定であつて、国の土地政策の一環として農地法、都市計画法等の規制目的とも整合性を保ちつつ、特定市街化区域農地等の宅地化を適正に促進する目的を達成するために制定されたものと解され、しかも租税の軽減に関する特例法規であることに鑑みれば、その適用、解釈は厳格になされるべきものというべきである。したがつて右規定がその要件の一つとして定める農地法五条一項三号の届出(以下「農地転用の届出」という。)とは、その処理に徴し、譲渡当事者によつてなされる適法な届出を指称し、譲渡当事者と異なる者によつて右届出がなされた場合は、措置法三一条の二第一項の適用による特例措置を受け得ないものというべきである。

これを本件についてみるに、先に判示のとおり、別紙物件目録記載四の土地については、譲受人押野薫・譲渡人控訴人として、同目録記載三の土地については、譲受人松井繁・譲渡人控訴人として、いずれも譲受人名義において真実の譲渡当事者とは異なる者によつて農地転用の届出がなされたというのであるから、前記法条を適用する余地はないものというほかない。

そして、本件土地の譲渡について右法条の適用がないとされるときは、控訴人の納付すべき昭和五〇年分の所得税額は被控訴人の主張する根拠、方式によつて算出される二三五四万〇九七〇円であり、これより源泉徴収税額一一五万九五〇〇円を控除した残額二二三八万一四〇〇円(一〇〇円未満は、国税通則法一一九条により切捨て)が控訴人において申告すべき所得税額となり、控訴人が実際に申告した所得税額一七八八万六四〇〇円がこれに四四九万五〇〇〇円の不足を生ずることとなることは、控訴人の明らかに争わないところであるから、自白したものとみなされるところであり、右不足税額に対する延滞税の内容、過少申告加算税額が控訴人において本件更正処分の内容として主張するとおりとなることは、国税通則法六〇条、六五条(一一九条)の各規定上明らかである(なお、延滞税の始期及び利率変更の始期も、控訴人において明らかに争わないから自白したものとみなす。)。

4  (当審における控訴人の主張についての判断)

<証拠略>によると、右関口は昭和五〇年二月以降税理士の職にある者であるが、同人の取扱つた特定市街化区域農地の譲渡事例のうち売買契約の買主と農地法五条一項三号の農地転用の届出人(譲受人)とが異なる場合に、措置法三一条の二第一項による軽減税率の適用を求めた確定申告に対し、課税庁から何らの指摘もなく推移したものの存することがうかがわれるが、<証拠略>によると、特定市街化区域農地等の譲渡がなされた場合に、課税庁において農地転用の届出が真実の譲渡当事者と異なる者によつてなされたと認めたときは、上記特例措置を否定するのが本件更正処分当時における正規の一般的取扱であり、前認定のような事例を生じたのは、たまたま課税庁職員が限られた期間内に大量の確定申告の調査に当たるため、右の異同を看過し、または調査未了のまま推移し、さらには更正についての制限期間を徒過したこと等によつて生じたものと認められ、右認定を左右するに足りる証拠はない。

してみれば、農地転用の届出が真実の譲渡当事者と異なる者によつてなされた本件において、右に認定の当時における正規の一般的取扱に則つて控訴人の確定申告税額を更正した本件更正処分を目して、控訴人に不公平な取扱をしたものということのできないことは明らかである(なお、上記特例措置が設けられた趣旨についての先の判示に鑑みれば、前認定のとおり、山本建設が他人名義による農地転用の届出をするに至つた事情を了知していた控訴人としては、右会社の企図した前認定の事業目的の達成に協力したものとして、右特例措置の適用を否定されてもやむをえないところというべきである。)。

二  以上の次第で、本件更正処分には、控訴人主張のような瑕疵は存せず、適法というべきであるから、控訴人の本訴請求を棄却した原判決は相当であつて、本件控訴は理由がないからこれを棄却することとし、訴訟費用の負担につき民訴法九五条、八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 鈴木潔 鹿山春男 岡山宏)

別表 <略>

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例